神は可能性のオルガンの前に 座って世界を作曲した【苫米地式コーチング】

ゴールを設定するときは、
自分の視点から設定すると
抽象度が上がらないものです。

私達には無限の可能性があり
その可能性が見えていないのです。

抽象度を上げるためには、
世界全体を俯瞰して見るような
抽象度が必要です。

その感覚を表しているのが
次の文章です。

神は可能性のオルガンの前に
座って世界を作曲した。

我々哀れな人間は、ただ人間の
声のみを聞き取るのである。

だが、それすらすでに美しい。

全体はいかに素晴らしいもの
であるだろうか?

これは、ドイツの哲学者の
シュライヒの言葉です。

抽象度の上がった視点から
世界を見た時の洞察が
よく表れている文章です。

この文章から読み取れるのは、
様々な可能性が私達の未来には
あるということです。

その中から理想の未来を
選び取る可能性が人間には
あるということです。

それにもかかわらず、
私たちは現状ばかり見ていて
理想を見ることが出来ません。

シュライヒは、「それですらすでに
美しい」と言っています。

そこから全体を見渡せば
どれだけ美しい世界が
広がっているのでしょうか?

全体を見渡すには、より高いところから
でないとみることが出来ません。

それが理想の自分の姿です。

つまり、理想の自分の姿が本物で
現状の自分は偽物です。

  • 理想の自分だったら、
    どんな風に考えるだろうか?
  • 理想の自分だったら、
    どんな場所にいるのだろうか?
  • 理想の自分は、誰と何を
    やっているのだろうか?

そう考える時に、可能性は
無限にあって、それを選択する
ことが出来ます。

現状の自分の視点を捨てて
理想の自分の視点から世界を見ると
不安を感じることがあります。

でも、すぐに慣れます。

そして、それが当たり前になった時に
あなたは抽象度の階段を一つ上がった
ということになります。

そして、理想の自分には常に
もうひとつ上の自分がいます。

ひとつ上の抽象度に上がったら、
もうひとつ上の抽象度の
理想の自分がいるのです。

そして、そのもうひとつ上の
理想の自分の世界に慣れるまでは
不安や恐れが感じられます。

でも、それにもすぐに慣れるのです。
それが当たり前になっていきます。

あとは、その繰り返しです。

ゴールの再設定をすることで
またひとつ上の自分に出会い、
それまでの自分を手放すのです。

神は可能性のオルガンの前に
座って世界を作曲した。

我々哀れな人間は、ただ人間の
声のみを聞き取るのである。

だが、それすらすでに美しい。

全体はいかに素晴らしいもの
であるだろうか?

抽象度の階段を上ることで
どんな素晴らしい世界があなたの目の前に
広がるのでしょうか?

ただいま30分間1万円でトライアルコーチングを受け付けています。

コーチングメニューは、こちらから!

苫米地式コーチング認定コーチ 渡辺実